投稿日時: 2021/10/04
園長
そして、とうとう何もあげることができなくなったりんごの木は、どこか寂しそうです。長い年月が過ぎ、少年も年老いた老人になっていました。老人がそんなりんごの木を見て話します。
「私はもう何もいりません。ただ、少しこの場で休みたい。」
それを聞いたりんごの木は、「では、最後に残った自分の切り株に腰掛けて」と、勧めるのでした。老人がそれに腰を下ろすと、りんごの木は、また幸せな気持ちに包まれました。ここで物語は終わります。
前回、「与える」という意味が、大人と子供で違うかもしれない?とお話ししました。りんごの木はもう十分に与えたのだから、あげる物がなくとも、ガッカリしなくいい?切り株も、空腹を満たした「りんごの実」、お金になった「木の幹や枝」と同じ価値?こんな事が自然と思い浮かびませんでしたか?